ライカを持つことは、カメラの歴史とその重みを手にすることに等しい!
一昨年誕生から100周年を迎えたライカのカメラは、小型カメラのルーツだって知っていましたか? ライカのカメラが生まれる以前は、カメラは大型でとても持ち運べるようなシロモノではありませんでした。カメラを旅先や野外に自由に携帯できるようにと考え出されたのが35mmのロールフィルムを使用するライカのファーストモデルでした。発明者はカメラ史に名を残すオスカー・バルナックです。
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有効2400万画素の35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載したデジタルレンジファインダーカメラ「ライカM(Typ240)」をベースに、ライブビューと動画機能を省略した静止画専用モデル。ボディ価格 ¥790,000。レンズ(別売り)はズミルックスf1.4/50mm ブラック ¥450,000。問:ライカサポートセンター 0120-03-5508
奇才、オスカー・バルナック。彼が1914年にフィルムサイズのスタンダードともいえる35mm判ライカを発明した。
バルナックが考案したライカのボディデザインは、丸と直線だけで構成された極めてシンプルで美しいもので、その後開発されたライカの代表モデル「ライカMシステム」にもそのデザインは継承されました。しかもこの形状こそ人間が手にして最もしっくり収まる形と言われます。人間工学に基づいて設計されたこの完成度の高いボディは、いうなれば「不朽不滅のデザイン」といっていいでしょう。さらにボディの適度な重みは、カメラをホールドするのに安定感をもたらします。使ってみるとわかるのですが、こんなに手に吸い付くような感覚で扱えるカメラはなかなか他に思い当たりません。
ライカのカメラのデザインは世の中で最もシンプルなデザインといってもいいほど。丸と直線だけで構成された外観。そしてこの形状が安定的なホールド感をもたらします。写真は「ライカM (Typ262)」
手動でピントを合わせるアナログな操作がライカを扱う面白さ。撮影者によって写真の仕上がりが変わる理由でもあります。自分だけの1枚が撮れる楽しさにつながります。
ライカ独自の描写力については前記事(http://monomax.jp/archives/18530)で書きました。小型かつ高い描写力のおかげで、ライカのカメラはこれまでに数々の危険な現場に分け入り、決定的瞬間をとらえてきました。過酷な戦場や危険な冒険のワンシーンを切り取ってきたカメラは、ほとんどがライカと言ってもいいほどです。
こんな逸話もあります。第二次大戦中、戦場のレポーターが持っていたライカに弾丸が命中し命を救われたことがありました。また70年代にはライカを持ったタイム誌の記者が搭乗したファントムが空中で衝突事故を起こし、記者は緊急脱出したもののファントムは墜落。しかし1年後、墜落機の残骸からライカが発見され、中に残されていたフィルムを現像することができたといいます。これらのエピソードはライカのカメラがタフだったからに他なりません。これらの堅牢性の高さは、ライカが35mmフィルムからデジタルに変わった今でも変わっていません。
外付けのフラッシュやファインダーを装着するアクセサリーシューもライカが100年以上も前に発明した意匠。ライカは小型カメラの原点であることを物語っています。
昔も今も、男心をくすぐり続けるライカの赤丸マーク。この堂々たるアイコンこそがライカの誇り、持つ人にも強烈な満足感をもたらします。
なぜライカはこれほど価格が高いのか? 多くの人が疑問に持つでしょう。最も明快な答えは、極めて精度を高めたパーツを熟練の職人が妥協をせずにひとつひとつ手作業で組み上げているからです。驚くことにライン生産ではないのです。まさしくドイツのクラフツマンシップが凝縮されたカメラといえます。だからこそ優れた描写力、精緻な機構、そして高い堅牢性を併せ持つ最強のカメラが生まれるのでしょう。
誕生から100年余、基本設計もフィロソフィーも変わらないライカは時代を経ても古びることはありません。流行のアイテムとはかけ離れた存在です。そのひとつの証拠として、数十年前のオールドレンズでも今の最新型に装着して使うこともできます。愛着を持って使い込み、一緒に年を重ねることにこれほど喜びを感じられるカメラは、おそらくライカだけ、かもしれませんね。
取材協力:ライカ銀座店 03-6215-7070
ライター/高橋
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