
大相撲をこよなく愛する編集部スタッフたちが、さまざまな角度から大相撲の魅力をお伝えする連載「MonoMaxお相撲同好会」。今回は、公務員から角界に入門した異例のキャリアを持つ一山本関を直撃! 明るくサービス精神旺盛な語り口で多くのファンに愛される一山本関。10月1日にお誕生日を迎えた一山本関の、お茶目なお人柄と熱い相撲愛に迫るスペシャルインタビューです!(※本取材は、九月場所前にご協力いただいたものです)
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【入門秘話】夢だった公務員を辞め、23歳で相撲の世界へ!
──一山本関は、大学を卒業して一度公務員になってから大相撲の世界に転身したことで知られていますが、公務員時代はどんなお仕事をしていたのですか?
「千代の山関や千代の富士関の出身地である北海道の福島町というところで、教育委員会に勤めていました。学校とのやりとりとか、運動会のお手伝いとか、いろいろやっていました。公務員は子どもの頃からの夢だったので、叶ってうれしかったですね。町の子どもたちに相撲を教えているうちに、自分ももう一度何かに挑戦したいな、って思って、自分のこれまでを考えたら相撲しかやってこなかった。じゃあ相撲で挑戦しよう、と思って入門しました」
──それが2016年。23歳未満だった新弟子検査の受験資格がスポーツ経験者を対象に25歳に引き上げられ、その合格者第一号でした。
「23歳で二所ノ関部屋(当時の師匠は元大関・若嶋津)に入門しました。大相撲の世界ってもっと厳しいと思っていたんですけど、師匠もおかみさんも兄弟子も優しくて、すぐに慣れました。稽古はもちろん厳しかったですけど、私生活の面は割と自由でしたね」
──苦労したことは?
「体重を増やすことですかね。僕、ちゃんこ鍋も白いご飯もあまり得意じゃないんです。子どもの頃、家で鍋料理が多かったせいか、大人になってから鍋はあんまり食べたくなくて。ご飯は白いままは苦手で、せめてふりかけをかけていないと食べられないんです。それでも頑張って食べていたんですが、125kgの壁をなかなか超えられなくて。そんなとき先代のおかみさんが、よく夜食を作ってくださいました。人より遅い入門でしたが、入門した部屋がよかった、と本当に感謝しています」
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