「相撲好きの少年」からプロへ。「辛さはなかった」と振り返る下積み時代

──入門されて、外から見ていた世界とは違いましたか。
全然違いますね。これから修業が始まるぞ、もう相撲ファンだっていう気持ちは捨てていかなきゃやっていけないぞ、と覚悟が決まりました。
──部屋に行司さんがいないとなると、仕事内容はどなたに習うのでしょうか。
先輩行司の付け人をします。巡業では14代の木村庄太郎さん(のちの27代式守伊之助)、本場所では3代の木村朝之助さん(のちの33代木村庄之助)。当時は若手の数が少なかったので、先輩3人4人を掛け持ちしていましたね。土俵での所作だとか、行司の心得だとか、そういうことを学びました。細かいことを指導されるわけではなく、見て覚える、という感じですね。
──先ほど、土俵に上がれるから行司さんがよかった、とおっしゃっていましたが、行司さんのお仕事は土俵上以外にもたくさんあるのですよね。
はい。相撲字や場内放送、巡業での作業などさまざまです。入門すると、すべてひと通りやりますが、やはり相撲字が書けないと行司として仕事をするのは難しいので、辞める人もいますね。いくら土俵上で立派でも、相撲字が書けないと話にならないんです。
──修業時代に辛かったことはありますか。
いえ、特にありません。今となったら、今の人に比べたら楽だったな、と思います。
──庄之助さんは、差し違えが少ないことで知られています。
いやいや、私が裁くときに難しい相撲が少なかっただけです。上位の相撲っていうのは、型が決まっているから判断しやすいんです。かえって難しいのは、序二段とか、まだ相撲の型ができていない力士の取組なんです。足を出さなくていいところで出したりとか、思わぬところで転んだりとかするので。そういった番付が下位の相撲を裁くことで、行司は勝負を見る目を養います。それも修業ですね。
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