最高位だけが持つ「短刀」や「総紫の軍配」も特別公開。「手元に装束を残さない」名行司のこだわり

土俵上で使われていた愛用品の一部。写真上から時計回りに、烏帽子、帯、印籠、軍配、短刀。行司さんがかぶる「侍烏帽子」は、動きやすく、折り畳めるので持ち運びに便利。軍配の房の色には規定があり、こちらは最高位の木村庄之助だけが使える「総紫」。
──今日は装束にまつわるものをお持ちいただきました。それぞれ、どんなものか教えてください。
軍配、烏帽子、帯、印籠、短刀です。軍配は親交のある名古屋の仏壇屋さんが作ってくださったものです。風神・雷神が描かれていて、背景が宇宙のようにキラキラしています。軍配は重すぎると腕が痛くなりますし、軽すぎても腕が安定しません。これはちょうどいい重さでとても使い勝手がいい軍配です。

軍配は木製で漆を塗ったものが一般的。卵型とひょうたん型があり、これは卵型。
烏帽子は畳むとコンパクトになるので、手元に残しておきました。帯は装束を着るときに使うもので、きつく結べるように博多帯です。烏帽子も帯も消耗品です。印籠は三役格以上、短刀は立行司だけが身につけます。

きつく締められる博多帯はネーム刺繍入り。印籠は三役格以上になると、右腰の後ろ側に下げることが許される。立行司のみが持つ短刀は、差し違えた場合に切腹するという覚悟の象徴。
──印籠と短刀は年代物でしょうか。
私は古いものが好きで、よく骨董市に行きます。短刀はある骨董市で、印籠は近所の古道具屋さんで見つけました。印籠は紐が傷んでいたので、手芸店で紐を買って自分で取り替えました。
──印籠と短刀はいくつぐらいお持ちだったのですか。
印籠はもう1つ、先輩からいただいたのがありましたが、それは後輩に譲りました。短刀ももう1本、少し長めのものがあります。
──装束そのものは、もうお持ちでないとか。
はい。部屋に返したり、後輩に譲ったり、府中市役所に寄贈したりして、私の手元には1着もありません。後輩に使ってもらったり、相撲好きの方に喜んでもらえたりしたほうがいいかなと思っています。
──子どものときから相撲好きでいらっしゃいましたが、これから観戦の予定はありますか。
退職しましたが、国技館というのは私の仕事場でしたので、客席でお客さんと一緒に観るということはないです。やはり後輩のことが気になってしまいますし、観ても楽しめないでしょう。これからはテレビの前で、大相撲を楽しもうと思っています。
後編では、長年担当された「番付書き」のエピソードや、土俵を離れられたこれからのことについてたっぷりとお伺いします。

39代木村庄之助(きむら しょうのすけ)
1961年東京都生まれ、本名は洞澤裕司。1977年井筒部屋に入門し、木村裕司の名で初土俵。2007年より戦後7人目の番付書きを担当、2023年一月場所まで務める。2025年一月場所より39代木村庄之助として土俵に上がり、2026年10月30日で相撲協会を停年退職。趣味は骨董市巡り、落語鑑賞、プロレス観戦。
インタビュー・文/糸井千晶(cocon) 撮影/坂下丈洋(BYTHEWAY) 構成/MonoMax編集部
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